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福岡銘菓「筑紫もち」が万葉の詩をまとっている理由とは?

22 view更新日:2018年03月12日 情報提供:マイナビニュース

香ばしい黄粉やとろりとした黒蜜をふんだんに使った和菓子は、いつだって至福のひとときをもたらしてくれるもの。代表格のひとつにカウントされるのが、福岡生まれの「筑紫もち」だ。

製造販売元の「如水庵」は、神社仏閣の御供者調進所として代を重ねてきた老舗。長い歴史を持つ名店から、長きに渡って地元で愛されている素朴な餅菓子が誕生した経緯について教えてもらった。
○「あなたが一番食べたいお菓子を作りなさい」

筑紫もちの販売がスタートしたのは、昭和52(1977)年4月28日のこと。誕生のきっかけは、如水庵社長の森恍次郎氏が母親からかけられた、「あなたが一番食べたいお菓子を作りなさい」という言葉にあったという。そう言われて真っ先に思い浮かべたのが、母方の祖母である「蒲池のばあちゃん」が作ってくれた黄粉餅だったのだ。

小学生時代、冬休みに蒲池のばあちゃん家を訪れると、固くなった餅を焼いて熱い湯に漬け、やわらかくした後、黄粉をまぶして砕いた黒砂糖をかけたものを食べさせてくれたという。黒砂糖は少し待つとトロ―っと溶けてまるで黒蜜のよう。恍次郎少年はこれを食べるのが楽しみで、冬休みに入ると、ひとりで博多から柳川近くの祖母の家まで通うのがおきまりだったとか。
○「餅」「黄粉」「黒蜜」全てにこだわりあり

大好きなこのおやつを原点に商品化を目指したものの、再現するのは非常に難しかった。まずは「お餅」。米粉のバランスを変えながら、1年半にわたって1,000回の試作を重ねたという。大学ノート3冊に記録を付け続けた結果、「筑紫平野のヒヨク米」「阿蘇の陸稲」「富山の水稲」の3種類のもち米をブレンドすると、粘り、歯切れともに絶妙な餅に仕上がることがわかった。

現在では、ヒヨク米と富山のこがね餅の2種類のブレンドだというが、固すぎず柔らかすぎない弾力に仕上げるため、練る時間にもこだわっているのは当時から一貫している。

そして「黄粉」は、全国各地から何種類もの大豆を取り寄せて試した結果、琵琶湖のほとりで栽培されているみずみずしい大豆「タマホマレ」で作ることに決定。国産大豆の内、収穫量わずか0.5%という希少な大豆で、他の大豆に比べて糖度が高く、黄粉にした時にもっともそのおいしさが際立つという。

大豆を丁寧に煎って皮を取り除いて豆をひけば、口どけがよく、味と香りの調和がとれた上質な黄粉が完成する。大事なのは、「皮をむく」のひと手間。この工程を加えることで、品格ある風味を生むことに成功しているのだ。

また、「黒蜜」を作る黒糖は、香り高くコクが豊かでミネラル豊富なものを厳選。遂に誕生した「筑紫もち」は、祖母の味を思い出させてくれる素朴で優しい味わいだった。

筑紫の国を代表するお菓子を目指して

パッケージや包み紙にデザインされているのは、古代を生きた人たちの魂の燃焼譜『万葉集』。同和歌集に収められた4,516首のうち596首が、如水庵のある「筑紫の国」(大宰府政庁を中心とした福岡県全域)で詠まれたことから、筑紫もちが筑紫の国を代表するお菓子になればとの想いを込めたのだとか。

祖母の味から福岡の味へ、そしてお土産として各地の人に愛されるまでに成長した筑紫もち。福岡を訪れる際には、ぜひお土産としてだけでなく自分用にも入手してほしい。万葉の古き時代に想いを馳せながら、上質な素材を堪能する至福にどっぷりと酔えるはず。

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