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沖ノ島の世界遺産登録勧告、条件付きとなった本当の理由

90 view更新日:2017年05月18日 情報提供:マイナビニュース

●世界遺産として見た沖ノ島がもつ価値--8資産のつながりとは
2017年の世界遺産登録を目指す「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県宗像市、福津市)に対して、世界遺産への登録可否を調査する国際的な諮問機関「イコモス(国際記念物遺跡会議)」が5月5日、日本政府に対して登録勧告を行った。

ただし、8つの構成資産のうち4つを除くように求めており、手放しでは喜べない厳しいものとなった。日本が説明していた世界遺産としての価値がしっかりと伝わっていると言えない評価内容に、関係者も今後、難しい対応を迫られている。同遺産はどのような価値を押し出して推薦しており、諮問機関からどのような指摘があったのか。そこに何かズレがあったのか。世界遺産に詳しい世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局の研究員・本田陽子さんにうかがった。

「顕著な普遍的価値」の判断の難しさ

――5日深夜に「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」に対する諮問機関の評価が発表されました。審議自体は、7月にポーランドで開催される世界遺産委員会で行われますが、「勧告」とはどのような意味をもつのでしょうか。

本田さん: 世界遺産の登録は手順が決まっています。各国は、事前に世界遺産登録を目指す物件をユネスコの世界遺産センターに推薦します。審査件数は最大で年45件となっており、各国からは文化遺産と自然遺産でそれぞれ1件ずつまでしか推薦できません。

各国政府が、「この遺産は世界遺産にふさわしい価値をもつ」と考える文化財や自然環境を自薦という形で推薦します。国家や文化、民族などという枠組みを超え、人類全体にとって、現在だけでなく将来世代にも共通した重要性をもつとされる価値を「顕著な普遍的価値」と呼ぶのですが、それを備えていることが世界遺産には求められます。

でも自薦では、客観的にみて「顕著な普遍的価値」があるのかどうか分かりませんね。そこで、文化財や自然保護の専門家(諮問機関)による事前調査や審査が行われます。文化遺産の調査はイコモスが行います。その審査結果と提言、すなわち「勧告」は委員会の6週間前までに通達されるきまりがあり、この度、発表されたということです。世界遺産委員会では、この勧告を重視して登録の可否に関する審議を行います。

――勧告では、世界遺産にふさわしくないという評価を下されることもあるということでしょうか。また、審議の場ではその勧告がくつがえされることはあるのでしょうか。

本田さん: 勧告には「登録」「情報照会」「登録延期」「不登録」の4段階があります。「登録」以外の勧告は、「顕著な普遍的価値」をもたないという評価、あるいは、その価値が分かるように更なる調査や推薦書の書き換えを促すものです。

勧告をくつがえした前例としては、2007年に登録された「石見銀山遺跡とその文化的景観」があります。実は、「登録延期」という厳しい勧告でありながら、関係者の努力により審議の場で逆転登録となったんです。他にも逆転登録のケースが最近増加しているのですが、プロである諮問機関の調査や評価をないがしろにしているのではないか、世界遺産は政治的に決まってしまうのではないか、という批判の声があるのも事実です。

勧告が分かれた半々の資産

――今回は「登録」勧告とは言えども、8つの資産の内、中核となる沖ノ島以外の4資産は除く、という条件付きの内容でした。登録勧告が出た4資産は、具体的にどのような遺産なのでしょうか。

本田さん: まず中心となるひとつは、「神宿る島」として島全体が信仰の対象であった沖ノ島です。沖ノ島の位置関係をご説明しますと、九州本土から約60km離れた玄界灘のほぼ中央にあり、日本と朝鮮半島、中国大陸で行き来をする際の要所となるのです。4世紀後半からこれらの地域間での交流が活発化する中で、沖ノ島で航海の安全を願う国家的祭祀が行われるようになります。

沖ノ島での祭祀は9世紀ごろまで続くのですが、500年間の中で祭祀の場が巨岩の上から岩陰、露天の平坦地と時代を追うごとに移り変わっていきます。その間、おびただしい量の貴重な奉献品が神に捧げられました。中には、朝鮮半島で作られたと考えられえる金製指輪や、シルクロードを経てもたらされたとみられるペルシャ製のガラス碗など、国際色豊かな遺物も見つかっています。

つまり、沖ノ島は古代祭祀の記録を保存する類まれな「収蔵庫」と言えるのです。ちなみに、今回登録勧告が出た4資産とは、この沖ノ島と、島の1kmほど手前にある3つの岩礁(小屋島、御門柱、天狗岩)を指しています。岩礁は沖ノ島の鳥居のような意味合いを持っていると言われています。

――どうりで沖ノ島は、「海の正倉院」と呼ばれるのですね。出土した8万点全てが国宝に指定されていると聞きました。では、今回除くように提言された4資産とはどのようなものですか。

本田さん: 7世紀後半になると沖ノ島に加えて、本土から約11km沖の大島と、九州本土でも沖ノ島同様の古代祭祀が行われるようになります。それが宗像三女神の鎮座する場所として、沖津宮(おきつぐう/沖ノ島)、中津宮(なかつぐう/大島)、辺津宮(へつぐう/本土)へと発展し、この3宮を総称して「宗像大社」と呼ぶようになるのです。宗像三女神とは天照大神(あまてらすおおみかみ)から生まれた女神で、長女が沖津宮に、次女が中津宮、三女が辺津宮に祀られています。

古代祭祀終了後も、現代に至るまで宗像大社に対する信仰は続いています。また、沖ノ島は厳しく入島を制限する禁忌などの慣習が人々の間に根づいたので、大島には沖ノ島を遥か遠くに拝むための遥拝所が設けられました。

そして、古代において国家間の対外交流や沖ノ島祭祀において活躍したのが、この地を支配した宗像氏という豪族です。彼らは航海族に優れた一族で、ヤマト王権が朝鮮半島との関係を深める上で彼らの果たした役割は大きなものでした。その宗像氏の墳墓群が「新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群」であり、沖ノ島へと続く海を見渡せる台地上に築かれ、海と一体的な空間を形成しています。

今回除外するよう言われたのは、大島の中津宮と遥拝所、辺津宮、新原・奴山古墳群の4資産です。

――イコモスは、それらの4資産の価値は国家的なものであり、世界的な価値とは認められない、と通達していますね。日本の推薦内容と、どのような点に食い違いがあったのでしょうか。

本田さん: 確かに、中核となる資産は沖ノ島なのですが、日本が8資産全体で伝えたかった価値と、イコモスの観点にはズレがあるように思いました。

●8資産全体で逆転登録、というシナリオはないのか
○欧米人には伝わりづらい価値観

本田さん: この一帯では、沖ノ島信仰から生まれた古代祭祀が三女神の信仰と結びつくことで、海を隔てた一体的な信仰空間を形成しています。その信仰を担い育んだのは宗像氏であり、その後も地域の人々や海人によって現代に至るまで信仰が続いているということから、海を敬い共に生きてきたこの地の文化や伝統を知ることができます。日本としては、単に沖ノ島に考古的価値があるという側面だけではなく、8資産全体を通じて示される海洋信仰、それを継承してきた海人の文化・伝統を含めて「顕著な普遍的価値」がある、として推薦していました。

一方、イコモスが登録すべきとしたのは沖ノ島(岩礁含む)のみですので、この地の祭祀場や出土した奉献品が示す古代祭祀の変遷や、東アジアとの交流という考古的価値を重視しています。イコモスは、日本古来の信仰や伝統を示す資産に対しては「日本の国家的な価値」にとどまると表していますが、他の文化圏の人、特に欧米人には伝わりづらい観点だったのではないか、よって十分に検討してもらえなかったのではないか、という印象を持ちました。

――欧米的な価値観というのは、目に見えるもの、物証として残っているものを重視する価値観ということでしょうか。そう言えば、2013年に登録された「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」に対する勧告で、「三保松原を構成資産から外すように」というものがありましたね。

本田さん: あまり単純化はできないかもしれませんが、目に見えないつながりは欧米では伝わりづらいという傾向は強いかと思います。三保松原のケースは、富士山から40km以上離れているのだから、富士山の一部とするのはおかしいでしょう、という勧告でした。この時には、三保松原は古くから富士山の展望地であり、日本人の精神性の中では富士山と一体のものである、という説明に各委員国が賛同したことで構成資産に含まれました。

増える登録に審査も厳格化

――今回もその時のケースと同様に、8資産全体で逆転登録、ということは難しいのでしょうか。

本田さん: 富士山の時には、構成資産全体が「信仰の対象と芸術の源泉」を示すという「顕著で普遍的な価値」があることは認められていました。ただ今回の場合、信仰・伝統という価値は評価されていません。世界遺産委員会は7月2日~12日にかけて開催されますが、これから2カ月かけて、審議に参加する委員国に説明をしていくことは、不可能ではないと思います。ただ、そうするとイコモスの見解に異議を唱えることになります。

あるいは、今回登録勧告が出た4資産のみに絞り込んで審議に臨めば、まず間違いなく順当に登録されると思いますので、言い方はあまり良くないかもしれませんが、今回は穏便に一部登録を目指し、後に拡大登録を目指す、という方法もあるかもしれません。

そんなことをしてまで世界遺産登録を目指す必要があるのか、いっそのこと辞退するという選択肢もあるのでは、という声も一部にあります。関係者は今後どのようなシナリオで登録を目指すのか、非常に難しい対応を迫られていると思います。

――以前には長崎の教会群の取り下げもありましたが、世界遺産登録は一筋縄でではいかないのですね。また、登録されたとしても、立ち入りが禁じられている沖ノ島の保護に対する懸念もありますし。

本田さん: 世界遺産は2017年4月現在で1,052件あり、さらに今後も増え続けていくとなるとユネスコの管理に関する負担は増える一方となります。ですから近年、登録に対するハードルがあがり、審査が厳格化しているのは強く感じます。

今回の勧告で、世界遺産に対してマイナスイメージが生じた面もあるかと思うので、私としては大変残念ではあるのですが、世界遺産に登録される必要があるの? とか、登録後もちゃんと保護していけるの? という議論が起こるのは、文化財や自然環境の保護を考える上で大切なことだと思います。今回の勧告は、「顕著な普遍的価値」に対する日本と欧米の考え方の違いが浮き彫りになりましたが、いろんな示唆に富んでいる出来事だと思います。まずは、関係者がどのような形で登録に向けて対策を練っていくのか、ぜひ注目したいと思います。

プロフィール: 本田 陽子(ほんだ ようこ)

「世界遺産検定」を主催する世界遺産アカデミーの研究員。大学卒業後、大手広告代理店、情報通信社の大連(中国)事務所等を経て現職。全国各地の大学や企業、生涯学習センターなどで世界遺産の講義を行っている。

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